「疑惑のチャンピオン」鑑賞
公開されるのをけっこう楽しみにしていた「疑惑のチャンピオン」を鑑賞してきた。ツール・ド・フランス7連覇という偉業を成し遂げたランス・アームストロング。彼のドーピングスキャンダルは、いったいどのような背景から、どのように発覚したのか。ランスが英雄として崇め奉られていた頃から、ランスの背後に見え隠れするドーピング問題を追っていたジャーナリスト、デイビッド・ウォルシュの自伝が原作ということで、ランス目線だけでなくデイビッド・ウォルシュ目線からも1990年代~2000年代のロードレース界の病巣が描かれていく。
ツール・ド・フランスという大会がどのように過酷なものかを、実際のレース映像を交えながら説明する冒頭から、地元アメリカで勝利を重ねていたランスが、ヨーロッパに渡ってから味わった挫折。そしてすでにドーピングが蔓延っているロードレース界の現実。癌の発症と克服。そしてフェラーリ医師協力のもと自身もドーピングに手を染めていく過程、その結果としてのツール優勝。このあたりは、すでにランス・アームストロングという選手のことをそれなりに知っている人には、格別新しい話でもなくて、当時起きたことをそのまま淡々となぞっていくあっさり風味の伝記という印象になるかもしれない。
この作品を鑑賞しての感想は、Twitterでだらだらツイートしている。
「疑惑のチャンピオン」観てきた。この映画、ランス・アームストロングの全盛期をみてる人、全盛期は知らないけど経緯は知ってる人、ほとんど予備知識のない人とで、鑑賞後の印象が違いそうだなーと思った。俺は面白かったけど、サイクルロードレースに興味がない人はどうだろうなぁ…。
— shaw (@hashimukai) 2016年7月10日
噂通り劇中のコンタドールがまったく似てなくて思わず笑っちゃった。家に返ってきたら本人がツールからいなくなってて笑えなかったけどな。
— shaw (@hashimukai) 2016年7月10日
ランスがツール7連覇中に、ランスの映画が製作されようとしてて、最初はランス役にマット・デイモンが予定されていた。この話もエピソードとして取り上げられていて、そのやり取りが面白かった。
— shaw (@hashimukai) 2016年7月10日
ランス「主演がマット・デイモンじゃなくなった」同僚「誰になった?」ランス「ジェイク・ギレンホール」同僚「いいね!ジェイクといえばドニー・ダーコは観たか?」ランス「いいや」同僚「冒頭で本人が自転車のってるんだよ!」別の同僚「それだけ?」同僚「クスリもやってる」。黒くてワロエナイw
— shaw (@hashimukai) 2016年7月10日
俺、いまだにランスに対して嫌悪感抱いてないんだよなー…。ロードレース観るようになったのが、ランスが現役復帰して最初に走った2009年のツールなのだけど、そのころすでにランスのドーピング疑惑は黒に近いグレーだって言われてたから、裏切られたとかそういう気持ちもなかったしな。
— shaw (@hashimukai) 2016年7月10日
この中でも触れてるとおり、わたしゃ未だにランス・アームストロングという選手に対して悪印象を持っていない。むしろロードレースに興味を持つきっかけの一つだったりすることもあって、どちらかというと感謝の気持ちさえ持っていたりする。そんなこと、大きな声では言えないけどさ…。
もちろんドーピングを是とする気持ちはさらさらない。ランスが行ってきたドーピング行為と、それを隠すために行ってきたさまざまな嘘や虚言、周囲への威圧行為なども当然許せるたぐいのものではない。ただ、勝利に対する執念であったり、癌を克服するための強靭な精神力、克服後の癌撲滅運動「リブストロング」であったり、人々を勇気づけるようなカリスマ性だったり…自分が持ち合わせていない人間性に惹かれてしまう面もあるのかもしれない。
癌を克服するにあたって、作中では詳しく説明されていなかったのだけれど*1、選手の道を諦めないためにランスはより過酷な治療を選んでいる。経緯については、wikipediaで簡潔にまとまっている。
精巣腫瘍には化学療法を施すのが一般的だが、治療薬のブレオマイシンには肺毒性があり、間質性肺炎を引き起こすなど、心肺機能を低減してしまう副作用があるため、プロの自転車選手として復帰することは不可能になると判断したランスはこれを拒否。結局インディアナ大学医学部で心肺機能へのダメージは少ないが、より過酷な化学療法を施し、さらに脳の浸潤部を切除することとなった。
精巣腫瘍って、早期発見できていれば比較的危険度が低めの癌らしいけど、ランスの場合癌を発見した時点で肺と脳にも転移していた。ちょうど今『病の皇帝「がん」に挑む』という本を読んでいるのだけど、脳という器官は癌にとって聖域であり、顔が脳に転移するとそれだけで寛解が厳しくなってしまうという知識を得た後でランスが選んだ治療方法を知って、この精神力はいったいどこから…なんて改めて思ったわけですよ。勝利に貪欲な選手であれば、同じ状況下でとる選択肢は同じなのかもしれない。それでも自分の命を賭けてまで、過酷な道を選ぶのが凄まじいと思ってしまう。
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だからこそ、自身が癌を克服した後で、がん患者のお見舞いでベッドで寝たきりになっている少年を見守るシーンでのランスの視線はとてもやさしい。リブストロング活動もランスの売名行為の一環だと見る向きもあるし、ドーピング告発の後リブストロング財団から追い出されてしまっているわけだが…これだけはランスのことを信じたいと思うんだよなぁ、俺は…。
っと、だいぶ映画の話からそれてしまった。作品全般にわたって生々しいドーピング描写があったり、ドーピングにまつわるエピソードが展開されることもあって、作品のテーマはドーピング問題になっている。ランス・アームストロングが選手としてどのようなことを成し遂げて、後年になってその記録が抹消されたことも、かなりあっさりとした描写で終わっている。ただ、ランスのことを悪役として一方的に描くだけではなく、かといって同情的に描くわけでもなく、映画を観る人によってランスがどういう人物だったのかの判断を任せているところは、公平であることを強く意識してるなぁと思った。公平であろうとした結果、結局何を言いたかったのかわかりずらい作品にもなっているのだけれど。
おそらく、当時のロードレース界を取り巻く状況をまったく知らない人からすれば、やっぱりランスに対する悪役感は強く持つことになるだろうし、ランスの全盛期を知ってる人でも事の顛末を追っていない人からすれば裏切られた感も強くなるだろう。また、ドーピングに手を出さなければ選手として生き残れない時代があったということを理解している人には、いろいろ思うことのある映画だったりするだろうしね。
サイクルロードレースが好きなら、絶対にこの映画もみるべき、とまで強くはオススメしづらい作品ではあるし、ましてやロードレースに興味を持ってもらうために初心者に対してオススメする作品ではないのだけど。それでも自分を鑑みると、この映画を見た後で自転車レースを取り巻く現状や過去について、そしてドーピング問題を改めて考えるきっかけになっている。なので、オススメしづらいけれど、それでもこの作品についてどう思ったか、他の人と語り合ってみたいという衝動が…。
あとは、もっとカタルシスのある「シークレット・レース」の映画化をですね、個人的には期待しちゃうんだよな。プロジェクトとして動いているという話を聞いた記憶がないのは、タイラー・ハミルトンが映画化に対してクビを縦に振ってくれないってことなのだろうか。
「疑惑のチャンピオン」も良い映画だと思ったけど、やっぱり「シークレット・レース」の実写映画を観たいもんです。映画化の話ってうごいてないんだっけか…?
— shaw (@hashimukai) 2016年7月10日
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*1:癌が脳に転移していたという説明はあったけど、現役復帰のためより過酷な化学療法を選んだという説明はなかった(はず)