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はてなダイアリーから引っ越しました。

ネタバレ無しという一言

3週間ほど前に会社の飲み会に参加した際、「カメラを止めるな!」の話題がでた。ちょうど自分の耳にも「低予算映画だけどすごく面白い映画らしい」という噂が入ってきたタイミングだったので、どうでした?面白かったですか?と聞いてみたら、ぜひ鑑賞することをおすすめすると言われた。相手も自分の映画の好みを把握したうえでの反応なので、これはきっと良い映画なんだろうと思ったわけです。どうやら相手の雰囲気から、くわしい話は聞かないほうが楽しめそうなこと、そもそも最近は、映画鑑賞前に予告編以上の情報は仕入れないことを是としているので、この映画に関する情報はシャットアウトしたうえで、タイミングがあえば映画館に行こう!と思っていたのだけど。気がつけば3週間経過してしまった。拡大公開も始まって、その気になればいつでも観に行ける状況になっていたにもかかわらずね。

で、なかなか映画館に行くことができないでいるうちに、TwitterのTLでもこの映画の話題を目にする機会が増えてきた。そんな中気になっていることが1つ。それはこのエントリーのタイトルのことだ。

面白かった!とかぜひ観に行くべき!みたいな一言ツイートはなにも問題ない。公開されてからそれなりに時間が経過してきたので、この映画に関する考察が増えるのもよいことだ。まぁ、こちらはまだ鑑賞していないから、もちろんそういう深い話は読まないわけだけど。そのほか、今回のサクセスストーリーにまつわる話題なんかも増えてきた。例えば、監督の父親によるこんな話

初めてこのページのことを知ったのはたぶんはてブだ。その時は、どんな内容がわからなかったので、「あとで読む」タグだけつけてスルーした。その後で、今度はTwitterのTLにこのページのシェアが流れてきた。そこでは、丁寧に「ネタバレ無し」という一言が添えられていたので、映画を観る前に読んでも差し支えの内容だと判断して目を通した。とても良い話だった。ありがとう、シェアしてくれた人。

ただね…、その後もSNS上でこの映画の話題がシェアされることが増えてくるわけですよ。そして外部のページに誘導されるたびに添えられる「ネタバレ無し」という一言。これは…つまりネタバレが強調されるような映画だということなのでは…?つまり、「ネタバレ無し」と表明されることで、ネタバレ要素が含まれた作品であることを察してしまう問題である。

ところで。このブログで、2年くらい前にこんな文章を書いたことがあってさ。
shaw.hatenablog.com

久々に読み返してみると、俺いいこと書いてんじゃん!とか思ってしまうわけだけどw この中で、

どうせならどんでん返し系の作品は素直に騙されて、騙されたことに感動を得たいよ派だったりする。

と書いたとおり、心の底から騙されるような物語を渇望しているところがあって。ただ、これって本当に難しことなんだよね。予備知識で少しでも騙しの要素があることがわかっていると、作中のちょっとしたことでもうがった見方を始めちゃうからね。困ったことに。

話はもどして「カメラを止めるな!」。この映画にも、おそらく何かしらのネタバレ要素があるってことは、これまでの雰囲気で察してしまった。ただ、ネタバレ要素といっても、それがどんでん返しによるものとは限らないので、ひょっとすると予想外の方向から「おぉぉ、そういうことだったのか!」みたいなカタルシスが生まれるのかもしれない。そうなったら本当に嬉しいのだけど。

自分でもちょっとネタバレに関しては敏感すぎるよなぁとも思うし、今回もこんな些細なことをぐだぐだ考えた挙げ句、こんな文章を書いているのもどうかと思っている。デリケートに思うくらいなら、自分のアンテナに引っかかった時点でさっさと映画をみるべきだったんだよな、本当なら。これは今後の課題としたい。

さて、ようやく映画のチケットを予約したことだし、明日は無心になって映画を楽しんでこようと思う。重要なのは過剰な期待はしないことだぞと、自分に言い聞かせながら。

[2018/08/12追記]

鑑賞してきた。凄いの一言。

このエントリーでうだうだ言ってたようなネタバレ映画ってわけではなかったけれど、余計な知識ゼロで観たほうが楽しめるとは思う。カタルシスのある脚本ってやっぱりいいねぇ。